てんちょブログ。

サイクルフリーダムの裏ブログ。

4月27日(木)、雑談。

本日は詩織の肌荒れにつき小児皮膚科へ。

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かゆくて頭とか耳とか書いちゃうみたい。

ボンレスハムからシャウエッセンが生えてるようなもんだからね。しわに湿疹が出来るんだって。シローセイシッシン。

 

 

私も奥さんも医療のことには詳しくない。だからもし助産師さんや看護師さん、お医者さんの言ってる事が違ってしまうと、何が正しいのかわからなくなっちゃう。

 

自転車でも一緒。ユーザーらがあちこち自転車屋さんに行ったときに、それぞれの店のメカニックが言ってることが違うと、誰を、どの店を信じていいかわからなくなっちゃうだろう。それぞれのメカニックにそれぞれの言い分があって、それぞれが自分が正しいと思って診ているから、どれも正しく聞こえるはずだ。

 

言ってることのどれが正しいか判断が付かないとき、一つの基準として「 最先端であること 」が挙げられるんじゃないかと思う。

コンパクトクランク×クロスレシオからビッグギア×ワイドレシオに時代が変わったように、今まで良いと考えられていたことが覆されてしまうことがある。覆されたなら覆されたなりの、新しい主張は新しい主張なりの理由がある。私たちは常にそれを知る必要がある。

 

しかし、最先端のものを追いかけるには莫大なコストがかかる。最近の例でいえば...チューブレスタイヤとか、ダイレクトマウントとか、ディスクブレーキロードとかだろうか。

もし新製品が出たとしら、私の立場ではそれらは買って試さなければいけない。時間もお金もかけて試行錯誤して、ユーザーにどう薦めていけばいいか、あるいはそもそも薦めるべきものなのか、新製品が出るたびに持論を作らねばならない。

しかしそれが第一感うまくいかないと感じたとき、あるいは最終的に商売に繋がらないとき、つらい。なぜなら時間もお金もかけたのに上手くいかなかったわけだからね。あるいはなかば上手くいかないと分かっているものに対してお金を出さないといけないわけだから。

 

新製品はけして良いものばかりじゃない。メディアは猫も杓子も褒めちぎっているが、むしろ有象無象の中からちょびっとだけある良製品を探し出すのだ。

そして時間もお金もかけられる余裕がなくなって新製品についていけなくなった時、そのお店は最先端ではなくなる。お店の情報が止まって、知識や知恵が古くなってしまうんだね。

だから私たちは死に物狂いで最先端についていかねばならない。1つひとつは些細なコストかもしれないが、次から次へ湧いて溢れる新製品の山に埋もれることなく。

 

昔は正しかったことが今は正しくないとされたのに、いまだに古くなった知識のまま診療している病院があるとしたら、そういうところに詩織を連れて行きたくはない。

逆に最先端の理論で覆された情報でフリーダムが整備をしていたとしたら、ユーザーはフリーダムに整備を持っていきたくはないはずだよね。

だから頑張れるところまでは頑張る、お金と体力が続くまではね。

 

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今日は夜練なし。

整備が割とギリギリで落ち着いたのが22時、ご飯食べ損ねちゃった。

朝晩乗らなかった時っていつ以来だろう。そういうときもあるよね。

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